TVでは頻繁にハイチ大地震の報道がされている、死者は10万以上人とも20万人とも言われて あちらこちらで遺体が無造作に並べられたり、山積みされたりしている壮絶たる現状だ。ハイチ政府も職員の多くを被災、政府としての機能も不可能な状態に陥った。
生存者達も忍耐の極限に達して殺気立ち暴動や略奪がおきている。支給された食料を奪いあい棒を振り回している映像を見ただけでも想像を絶する。
それでも、われわれが見れる映像などは、悲惨な部分の極一部でましなモノと思われる。
もし、自分がこの中に救援活動に行けと言われたら、多分…行けない…!?。 行くとしても、生半可な気持ちではダメだ、相当の覚悟をしないと行けない。
極端な話し、自分が飲もうとした水も、棒で殴られ 奪われる事も覚悟して行かないとダメだ。
一般的に日本人が考えているボランティア活動とは訳が違う。
本気で活動している方に顰蹙をかうかもしれないが、ボランティアは自分の満足感のための奉仕が露骨であったり、感謝を求めるようなボランティア活動がありありなものは、日本人のボランティアボケにほかならない。
昔知人で、「ボランティア活動、ボランティア活動」と言って、子供のご飯仕度もろくにせず飛び回っていた主婦がいた、私はその者に「ボランティア活動より自分の家庭を何とかしろ」と言ったことがある。
それいらい、「ボランティア」に対しての自分の定義としては、自分のやるべき事をやってからのボランティア活動が本当のボランティアだと思っている。
ボランティア活動は、個人個人の自発的な行為であるために、その目的も多様であり、単なる“労力”提供でもなければ滅私奉公でもありません。ボランティア活動とは、「何らかの助けを求める人に手をさしのべないではいられない」という共感と、受け手側の受容による「協働の企て」として行われるものと成っている。
しかし、受け手側ハイチの現状は脱獄犯も闊歩し我々の想像を絶する生死を分けた鬼畜を覚悟しないとダメだ。
自分は行けないと言って、こんな事を言うのもオコガマシイが、
日本政府もこんな時こそ、日本の底力を見せるべきだ。
医療にしても、企業の技術力にしても、世界最高の技があるならば、この時とばかりに有効的支援活動をするべきだ。義援金を出すのでなく、たとえば、真っ先に救援に行った企業に対して減税とか補助をするなど、その企業は当然世界にアピールすることが出来てメリットも大きいはずだ。国が出来ないなら企業がやれる仕組みを作るべきだ。
(したら‥ZESTも行こうかな‥笑い)
各国の支援活動も日に日に増えている。
奇跡的な生存者の朗報も明るいニュースです。
心より一刻も早い復興を願っています。
社長が日々の気づきや活動を綴ります
経営・夢・趣味 など幅広く執筆しています
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